てぃーだブログ › 杜の都仙台から › 2008年02月

7!!  吹雪のライブ

2月23日 大井沢雪祭り


ここは山形県 月山の麓  積雪 2メートルの豪雪地帯

7!!にとって初めての雪なのに
           いきなり豪雪、しかも吹雪!!







凍りつく指先
時折吹き出す突風

よくがんばったね!!

観客もジャンプして
スウィングして
会場全体が一つになっていたね!

小さな村の大きな人情


応援して盛り上げてくださったみなさん
CD買って下さったみなさん
2晩泊めて下さったみなさん
吹雪の中山形駅まで送って下さったSさん、ありがとうございます

仙台ジャズフェスで無名のバンドに惚れ込んでくれたMさん
時間もお金も注いで下さりありがとうございます

私でさえこんなに胸いっぱいなので
当人たちはどれほどでしょう
これからの活動に大きな力になると思います  
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2008年02月27日at 17:19 │Posted by れいちゃん │Comments(2)TrackBack(0)

元気をくれた7!!(セブンウップス)

沖縄のインディーズバンド 7!!(セブンウップス)




我が家の三男坊 ミッチー
三ツ矢サイダーのCMに起用されてから
アルバイトしながらバンドを続けたい、と言った
え〜っ?
でも父親の衛さんは
「 できるところまでやってみたらいいよ 」

そして去年9月  仙台ジャズフェスティバルに出場した
衛さんが亡くなって17日目だった

衛さんは自分の最後とぶつからないか心配していた
そして、なにがあっても満には出させてあげなさい、と
8月に入ってご飯が食べられなくなって
私はジャズフェスまでがんばろうって励ました
でも、
「もう、がんばれって言わないで・・・」

わたしはそれ以上言えなかった・・・・・

悲しみの中のジャズフェスティバル
でも この子たちにわたしは元気をもらった
けいたくん、ななえちゃん、まいこちゃん、みっちー、ありがとう!!  

2008年02月27日at 15:14 │Posted by れいちゃん │Comments(1)TrackBack(0)

機能訓練

衛さんにとって
手術前1週間の絶食 、 全身麻酔、 手術、
手術後2週間で退院の時には、足腰の筋力が衰えてしまっていた

年が明けて1月2日から歩行練習に出かけた

台原森林公園

一日目は100メートル位歩くのがやっとだった
二日、三日 と 少しずつ距離を延ばしていった
真冬の公園は寒い、風邪を引かないかと心配しながら・・・
ダウンジャケット、帽子、手袋、マスクで防備

市内の体育館で障害のある人が歩行練習できるところを探したところ
健康増進センターに150メートルのトラックがあった
さっそく1月16日から通い始めた
雪の泉が岳を眺めながらトラックをまわって、
マシンで筋トレ、またトラックをまわる
最後にストレッチをして帰ってくる

いつもの慌ただしい生活から
衛さんの状況にあわせて、ゆっくり、ゆっくり時間が流れていく
私たちふたりにとって
ささやかな幸せの時だった  

2008年02月25日at 13:55 │Posted by れいちゃん │Comments(0)TrackBack(0)

化学療法

退院前に腫瘍内科で治療の相談をした
衛さんも私も抗がん剤に不安があった。
抗がん剤で日常生活が遅れないようならやらない方がいい。
腫瘍内科の先生はとても親切で話しやすく、衛さんもホッとしたようす。
自分も同業なのに先生の前ではすっかり患者さんになっている。
7つ程治療が紹介された
最近一番効果がある方法は、それだけ副作用も強く、
もともとHAM症候群という病気を持っていて脚の不自由な衛さんにとっては大変な治療になりそうだ。
結局、衛さんは週1回の通院でできる方法を選んだ
それならうまくいけば仕事にも行けるかも知れないということだった。
12月21日から治療が始まった

病院に行く車も気を遣った
車の発進もお腹の痛みが強くなり、マンホールなど踏んだらもう大変
運転のへたな私はため息ばかり・・・

治療は2時間点滴をしてその中間に抗がん剤を一気に入れる。
2〜3日は身体がきついようだ、特に二日目は食事が殆ど食べられない
そんな彼をみるとまた不安になってしまう
やっぱりやらない方がよかったのかな、と

食べられない主人を見て悲しくなったり憤ったり
「お父さんは食べられないんだからしょうがないでしょ」
と娘に叱られる始末

でも4回目の治療の頃から
お腹の痛みが少なくなってきた
肝機能もよくなってきている
薬が効いているらしい  

2008年02月20日at 21:55 │Posted by れいちゃん │Comments(1)TrackBack(0)

神様の家族

衛さんが天国に召されてもうすぐ6ヶ月
毎月、月命日になると
教会の姉妹たちが訪ねて来てくれる

仙台に来て間もない私たちですが、
衛さんが病気になってから、
どれだけ助けられたことでしょう
祈ってくれるひと
励ましてくれるひと
食事を届けてくれるひと

クリスチャンは神様の家族、だから兄弟姉妹と呼びます





今日もちょっと早いけど、と来てくれた

しかも

      サプライズ   びっくり
      みんなにお祝いしてもらった

      





今年は娘と2人で過ごした誕生日(15日)
彼女がケーキを買ってきてくれて、夕食を作ってくれた
主人のいない悲しさと
娘のやさしさに 
泣きながら食べたのだった  
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2008年02月18日at 23:54 │Posted by れいちゃん │Comments(2)TrackBack(0)

生きるにしても死ぬにしても

衛さんは自分の病気を受けとめていた

「生きるにしても死ぬにしてもキリストの栄光のためだよ」
と語った

それは聖書のなかでパウロが言った言葉

生きるにも死ぬにも私の身によって、キリストがあがめられることです。
私にとっては、生きることはキリスト、死ぬことも益です。(ピリピ人への手紙2章20〜21)

衛さんは
「僕は自分のやってきたことに悔いはない。
でも神様が生かして下さるなら、自分が癌になった体験を通して
ホスピスの医師として
もっと患者さんに寄り添いたい
このことを患者さんに還元したい」
こう語った



           12月15日退院
            前の日病院前の公園を散歩した
   
  


   

退院して
やっぱりおうちがおちつくね、と
ご主人様が帰ってマナも安心  

2008年02月14日at 16:15 │Posted by れいちゃん │Comments(4)TrackBack(0)

2つの恐怖

手術が終わった夜 衛さんは
 脚が動かない! がんじがらめのような
すごい恐怖感が襲ってきたそうだ
その時は私がそばにいてくれて安心したと。

もうひとつの恐怖は
暗闇だった
手術して1週間頃
夕方、あたりがだんだん暗くなると怖くなったと

私がそばにいてもだめ?

これは愛だけじゃだめなんだよ
明日から安定剤をもらおう

悲しかった・・・
こんなに愛しているのに
愛だけじゃだめだって・・・

イェス様は闇を照らす光だよね

衛さんは安定剤をもらったが一度も飲まなかった
夕方になると窓のブラインドを開けて
暮れ行く外を眺めた   2人で肩を並べて眺めた

玲子がイェス様は光だって言ってくれたから
イェス様が勝利した闇を眺めることにしよう

衛さんて強いひとだなあ  

2008年02月12日at 13:03 │Posted by れいちゃん │Comments(1)TrackBack(0)

手術



手術の結果
癌は肝臓だけでなく腹膜にもリンパにも広がっていた
 余命数ヶ月     
それが私たちへの宣告だった
2年ならまだ時間がある、そう自分に言いきかせたばかりだったのに・・・


手術後の4日間は大変だった
熱、痛み、お腹が張って 水も飲めない
寝ていることも苦しくて椅子に座ろうとするが自分の力で起きられない
衛さんもじっと天上を見つめていて声をかけれない時があった
痛み止め、解熱剤、睡眠剤・・・
こんな状態なら早く家に連れて帰りたいと思った

4日目の夜中、
ものすごい汗で寝巻きを2度も替えた
朝になると熱が下がり、ガスも出てとても楽になったようだ
「これならごはんが食べられそう」と笑顔がもどった
ベッドから自分で起き上がり、ゆっくり ゆっくり洗面台まで歩いた

痛みが緩和されるって日常生活がこんなにも変わることを改めて感じさせられた  

2008年02月10日at 22:50 │Posted by れいちゃん │Comments(1)TrackBack(0)

作戦会議

2006年11月

衛さんの検査の結果は大腸癌と肝臓多発転移

その時点では余命2年、医師の方から言われたわけではなく、

私に聴かれて困惑したように言った

一概に言えませんがデータ的には・・・治療すればもう少しは・・・

ということだった


衛さんは腸の通過障害でごはんが食べられない

私は動揺してごはんが食べられない

外泊で家に帰った夜

これからのことを話し合った

私は抗がん剤への不安があった

でも衛さんは

僕は苦痛はなるべく避けたい、でも、可能なところまで治療はする

あまり苦しい時は 最後は 眠らせてもらうかもしれないけど

わかってくれる?

眠ってもみんなの声は聴こえているから、まわりでしゃべっててくれたらいいんだよ

私はずっと一緒にいたい・・・

でも、家で看取るのは大変なことだよ

・・・・・

じゃあ、そうしよう、僕も本当はその方がうれしい

そしてもし大変になった時はホスピスに入ることも考えよう


はい!  きょうの作戦会議はこれでおしまい!

衛さんはそう言ってその場をなごませてくれた  

2008年02月06日at 15:53 │Posted by れいちゃん │Comments(4)TrackBack(0)

ありがとう! 背中をおしてくれた人

一年以上もブログを休んでいました

主人とのこと 残しておきたい

でも、パソコンに向かえない・・・

そんな時

私を探してキョーコさんのブログにたどり着いてくれた ちえちゃん

もう、何十年ぶりなのに

こんな私を覚えていてくれた

うれしかった

そして ブログを通して再会した(電話で)

ブログってすごい!

ちえちゃんが私を訪ねてくれたことで

そっと背中をおされたように感じました

ありがとう  ちえちゃん  

2008年02月04日at 10:14 │Posted by れいちゃん │Comments(0)TrackBack(0)

玲子が笑っていると僕はうれしいよ!

去年の7月 川原を散歩中
写真を撮りながら  衛さんは言った


わかってはいるけれど
        あなたが病気になってから・・・
                 あなたが天国へ行ってしまってから・・・・・



クリスチャンの生きる目的は
神様の栄光を表すこと
あなたは みごとに そのことを 果たした
私は あなたが一緒だったから歩んでこれたのに・・・


でもあなたが残してくれた言葉だから
私がんばってみる
だから 衛さん  
イエス様のそばで いつも とりなして見ていてね
  
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2008年02月02日at 20:29 │Posted by れいちゃん │Comments(6)TrackBack(0)