あれから1年
衛さんが天国へ行って1年、今日は教会の牧師先生ご夫妻が来て賛美歌をうたい祈って下さいました
去年の今頃のことをおもうとあまり眠れませんでした
亡くなる前々日から落ち着きませんでした。衛さんは夜中も1〜2時間で目を覚まし、寝ていると痛みが増すので車いすに座ったりしていました。
22日も朝5時頃から車いすに座りじっとしていました。私が脈をとると触れませんでした。オロオロしていると、衛さんは自分で脈をとり。
「もう測らなくていいよ・・・」と言いました。9時頃まで車いすに座っていたので、「疲れるからベッドに戻ろう」と伊作を呼んで2人でベッドに移しました。ベッドに座ると同時にものすごい痛みが始まりました。持続皮下注のモルヒネを増やしても効果がなく、「先生呼ぶ?」と聴くとうなずきました。
往診の先生を待っている間にも痛みがどんどん強くなりベッドに腰掛けた状態からくずれおちるように床に横になってしまいました。その身体を私の膝で受けとめました。我慢強い衛さんも先生が到着すると「早く死なせてください」と言いました。わたしもこれ以上苦しませたくありませんでした。
衛さんの姿に十字架のイェス様を思いました。苦しい中でそばにいる伊作と房枝と言葉をかわしました。伊作は「6月にお父さんと話したことまもるからね」といい、衛さんは「ありがとう」と言いました。房枝は「けんかしてごめんね」と言い、「でも幸せだったよ」と衛さんはいいました。
11時35分、衛さんは私の膝の上で息をひきとりました。衛さんをひとりじめしたい私への神様のご配慮でした。衛さんはさっきまでの苦しい顔が嘘のように穏やかな顔に変わっていました。ほんとうにイェス様の元に行ったと思いました。
衛さんは「玲子が後悔しないように、自分のしたいように看病したらいいよ」と言ってくれました。だからわたしはそのことには悔いがありませんでした。衛さんの身体を他の人に触られたくなかったので自分で全部させてもらいました。在宅ホスピスの看護師長さんもそんな私を受けとめて下さいました。衛さんを看病することは全然苦ではありませんでした。もっともっとお世話していたかった。もっともっと・・・
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